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ベルクソン「ル=ダンテク論文」

正式な名前は「『ルビュ・デュ・モワ』の編集長あての手紙―『創造的進化』についてのル=ダンテク論文ののちに」で、全集第八巻に収められている。

 

 

ベルグソン全集〈8〉小論集1

ベルグソン全集〈8〉小論集1

 

 序言でアンリ・グイエが言うように、ベルクソンは遺稿の出版を禁じている。孫引きすれば、

 

わたくしは自分が公表しようと思ったもののすべてをすでに刊行している。それゆえ、わたくしの書類のなかやその他で見いだされるかも知れないわたくしのあらゆる手稿の出版を、あるいはそれが部分的なものであってもいっさい厳禁する*1

 

もちろん、ベルクソンが死んだのは1941年であり、原著は1957年の出版で、そのとき彼の死から16年しか経っていない。しかし、パスカルやメーヌ・ド・ビランの場合とは違うことを認めながらも、先の引用に続けて、グイエは次のように述べている。

 

それゆえアンリ・ベルグソンの遺著というものはないし、またありえないのである。しかし、この禁止は、ベルグソンがかれ自身かつて出版したりあるいはかれ自身出版を許可した多数の著作で、今日ではもはや散らばってしまっているものについての問題には、触れていない*2

 

そこで、いわゆる四つの主著と二つの論文・講演集と『笑い』といった、既に出版された「著書のベルグソニズムを歴史的に研究するための資料」*3として公刊されたのが四巻本のEcrits et Parolesであり、その第一巻と第二巻を訳したのが、この全集第八巻である。

 

そういう遺書があるから、主著と二つの論文・講演集を中心に勉強してきて、一度も全集の第八巻と第九巻は読んだことがなかったのだが、読んでみたら思ったより面白い。

 

通読してみて面白いなと思ったのが、冒頭で名前を挙げた「ル=ダンテク論文」である。

 

Le Dantecというのは生物学者で科学哲学者でもあった人で、ベルクソンの『創造的進化』についての論文を書いた人らしい(たぶんWikipediaこの記事の人)。その論文に対するベルクソンのコメントがこの「ル=ダンテク論文」と思われる。

 

Le Dantecは『無神論』という本を著しており、ベルクソンとも宗教問題が背景にあると322頁の訳注にあり、この論文でも、ベルクソンがLe Dantecの誤解を解くというか、非難するという形になっている。

 

ベルクソンによると、彼が『形而上学入門』で導入した"絶対"と"相対"の区別に対するご誤解から、Le Dantecはベルクソンに対していくつも誤解をしているという。

 

おそらくその誤解の一つは「生命および意識の数学というようなもの」*4が存在するとベルクソンが信じているというものである。それに対して、ベルクソンは自分とLe Dantecの違いを次のように見積もっている。生物学によって与えられたものを統合的に理解するのにあたって、心理学的な図式によってそれが可能であると考えるか(ベルクソン)、数学的な図式をもってそれが可能であると考えるか(Le Dantec)の違いである(たしかに、Le Dantecがそう考えているとするならば、ベルクソンが反駁しようとしたことを、ベルクソンが主張しているとLe Dantecは考えていることになるだろう)。

 

そこからベルクソンは次のように言っている。

 

したがって、わたしの到達する結論がル=ダンテク氏の結論とふたたび一緒になることはありえません。要点だけについていえば、わたしが「生命の飛躍(エラン・ヴィタール)」と呼ぶものがどんな点で「普遍的競争」であるのか、またどうしてそれを「遺伝」と混同できるのか、わたしにはわかりません*5

 

たぶんLe Dantecの用語かなにかだと思うのだが、"普遍的競争"という言葉の意味が正確に何かということはわからない。しかしここで、エラン・ヴィタールを"遺伝"と同一視することも拒否していることはちょっと興味深いと思う。ベルクソンもまた世代を超えた連続性みたいなものを認めると思うのだが、彼は遺伝という観念あるいは言葉の、何が気に入らないのだろうか。

 

まあそんな大したことではないかもしれないが、ちょっと気になったので。ただそれだけのことなのにすごく長くなってしまった。

*1:ベルグソン全集 第八巻』花田圭介・加藤精司訳、白水社、1966年、7頁。

*2:同書、7頁。

*3:同書、9頁。

*4:同書、319頁。

*5:同書、320頁