本当のことは誰にも言わない

書けるときは書きます

研究は講義や解説書などとは違うということ

哲学の文献学的研究に関して、最近考えたことをメモしておく。

 

研究は講義や解説書とは違う(私がちゃんと研究ができているかどうかは別の話として)。講義や解説書ならある程度思い付きをしゃべってもいいのかもしれないが、研究では、その分野で意味のある主張を厳密な仕方でしなければならない。

 

意味のある主張とは何かをきっちり規定するのは難しいのだが、とりあえず、オリジナリティがあり、明確な形になっているくらい。

 

研究では、そうした主張を、可能な限り、厳密で説得力のある仕方で正当化しなければならない。

 

でも、実は分かっている人はすくないのではないかという気がする。あんまりそういう研究に触れる機会がないから。私もわかっているかは自信ないし。

 

もしかしたら新しいのかもしれないが、どこが新しいのかを明確にせずに話をしたり、正当化する努力が不十分だったりすることを、私の周りだとよく目にする。

 

このエントリ、もっとちゃんと書けるはずなので、もう一回挑戦したい。